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ハイリゲンシュタットの遺書ー音楽を聴くだけの私でしたが、少し調べてみました

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音楽を聴くだけの私でしたが、少し調べてみました。Beethoven[1]
ベートーヴェンが遺書を書いていたことは、レコードやCDのジャケットを読んで知ってましたが、どんな内容かは知りませんでした。下記の文庫にも遺書の内容が書かれているので読んでみました。
「ベートーヴェンの生涯」ロマン・ロラン著 片山敏彦訳 岩波文庫 1997年5月15日第65刷発行
なるほど・・・ベートーヴェンを理解する上で、この遺書は重要だなぁ と思いました。興味ある方は是非全文を読むことをお勧めしますが、それほどでもぉ・・・・という方に少し私なりの概略を説明しておきましょう。


最初の出だし

ーーー自分のことを人と付き合うことを嫌う、孤独で頑固な人間だと思い込んで人にもそういう風に言いふらす人

に怒ります。そして

ーーーみんなは本当の原因を知らない。自分は幼いころから善行を好む優しい人間だった。でもこの6年間は医者に診察してもらってもう治るかもう治るかと期待しながらどんどん症状が悪くなって惨めだった。社交的で熱情的で活発な性格を持って生まれた自分は早くも人々から一人遠ざかって孤独の生活をしなければならなくなった。

と言い訳しますが、さらに続けて

ーーーこの障害を乗り越えようと振る舞っても、耳が聞こえないことの悲しさを二倍にも感じさせられて過酷に押し戻された。「もっと大きい声で話してください。叫んでみてください。私はつんぼですから。」なんて言えなかった。

こんな感じですね。何故、人に本当のことが言えなかったのか?次のくだりにある内容がそうなのかな?

ーーーかつては、私の聴覚は完全で、同じ音楽家の中でも特に自分の聴覚は完全だったのに、その聴覚の弱点をどうして人々の前にさらけ出すことができようか!自分の不幸の真相を人々から誤解されるようにしておくより仕方がないから、この不幸は私には二重につらい。自分の病状を気づかれるかと恐ろしい不安に襲われる。
ーーー誘惑に負けて出かけることもあったが、自分の脇にいる人が遠くの横笛を聴いているのに自分には何も聞こえず、また、誰かが羊飼いの歌を聴いているのに自分には全然聞こえないとき、それは何という屈辱だろう。

音楽家だからこそ、余計に辛く、気づかれないまま、音楽家として致命的な耳の病気が治ればいいのに!と思うのでしょうね。今の音楽家としての地位、名誉、これからもっと素晴らしい作品を書きたいという意欲、そのすべてを失うことへの恐怖がよくわかります。そして、核心に入って行きます。

ーーーたびたびこんな目にあったために、自分はほとんど希望を失った。自ら自分の生命を断つまでにはほんの少しのところだった。私を引き留めたものはただ「芸術」だ。自分が使命を自覚している仕事をし遂げないでこの世を見捨ててはいけないと思った。

ここではじめて「芸術」という言葉が出てきます。それまでの音楽家は、宮廷に雇われて特殊な音楽という技術を提供してましたが、ベートーヴェンは自らを芸術家と呼んだ最初の人だったということを何かで読んだことがあるけど、この部分なんでしょうね!
この後に、さらに興味深いことが書かれています。

ーーー神さまは、人々への愛と善行を好む私の心の奥を知っておられる。おお、人々よ!やがてこれ(遺書)を読むときに思え!自分に対するみんなの行いがいかに不正当だったか。そして、不幸な人間は、自分と同じ不幸な者が自然のあらゆる障害にもかかわらず、価値ある芸術家と人間との列に伍せしめられるために、全力を尽くしたことを知って、そこに慰めを見出すがよい!

すごい決意をしてますね。芸術家として、最後まで全力を尽くす。ということですよね?この後に、本当に遺書らしき内容のことを書いています。手紙は彼の死後に彼の部屋から発見されています。彼が死ぬまで誰もこの遺書の存在を知らなかったということです。1802年10月6日の日付で、弟宛に書いています。ベートーヴェン当時31歳。
これで終わりかと思いきや

ーーーハイリゲンシュタットにおいて。1802年10月10日。親愛なる希望よ。

と、また始まっている。親愛なる希望?

ーーーさらば御身に別れを告げる まことに悲しい心をもって。少しでも治るかなという希望よ。この場所まで持ってきた希望よ。今やもう見捨てる!ここに来た時と同じままにここから去る。

これまでの自分の不遇、運命、怨み、愚痴とも別れを告げたのだろうか?そして、すべてを受け入れてるのだろうか?自分の本当の死まで、芸術を極め芸術によって支えられることに希望を見出したのかな?
最後の最後に、神に問うて

ーーーやはりもう治らないのかな?治らない?おお、それはあまりにも残酷です!

と言って終わっている。そうだよね。そんなにかっこよくできないよね。人間臭いべートーヴェンよ!そして偉大なベートーヴェンよ!今まで以上に好きになったぞ!
最後にもう一つ紹介しましょう。ロマン・ロランが

ーーー誘惑に負けて出かけることもあったが、自分の脇にいる人が遠くの横笛を聴いているのに自分には何も聞こえず、また、誰かが羊飼いの歌を聴いているのに自分には全然聞こえないとき、それは何という屈辱だろう。

というくだりの箇所で注釈をつけています。とても興味深いので紹介します。もうほとんど聞こえないのだからね。

ーーー田園交響楽の第二楽章の終わりに、オーケストラが夜啼鶯とかっこうと鶉の鳴き声を聴かせることは人の知る通りであり、確かにこの交響曲のほとんど全部が自然のいろいろな歌声とささやきで編み上げられているといえる。多くの美学者たちが自然音の模倣描写であるこの曲の試みを是認すべきか、すべきでないか、しきりに論じてきた。しかも誰一人模倣描写したのではないことに気づいていない。ベートーヴェンは、自分にとっては消滅している一世界を自分の精神のうちから再創造したのである。小鳥たちの声を聴くためにベートーヴェンに遺されていた唯一の方法は小鳥たちをベートーヴェン自身のうちに歌わせることだったのである。

このハイリゲンシュタットの遺書を書いた2年後、交響曲第3番エロイカを作曲し、第4番、第5番運命と続き、第6番田園ですね。これまでこんなこと思って聴いてこなかった。(夜啼鶯とはサヨナキドリ小夜啼鳥のことです。西洋のウグイス、ナイチンゲールの名でも知られています。聴いたことないけど、田園交響曲で聴いてますよ!!!)
そして、この後10年間に「傑作の森」と呼ばれる時期を迎えます。


*ハイリゲンシュタットはベートーヴェンが夏季の住居としていた所で現在のウィーン市の郊外。お気に入りの場所だったのでしょう。いつも散歩して自然から音の魂をもらっていたのかな?

*終わりに、全文読みたい方は「インターネット図書館、青空文庫」にありますよ。

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