青空とともに生きる

ベートーヴェンは何故難聴になったのか?

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私が小学生・中学生の頃、伝記の本を読んで、父親に殴られていたという記述から、勝手に「ベートーヴェンは父親に殴られたのが原因で難聴になったに違いない。」と、長い間思い込んでいました。
それ以外にも、ベートーヴェンが大きな声で怒鳴りながら散歩していたという記述から、「頑固で偏屈な側面もあったのだな。」と、勝手に長い間思い込んでいました。(難聴の人は、自分の声が聞こえにくいから、自分がどの程度の声を出しているかわからない。正確に発音できているか自分で納得できるようにしてしゃべると必然的に大きな声になる。怒鳴っているわけではない。そんなことがずっと後になって分かったのです。)ベートーヴェン様!どうかどうか私をお許しくださいませ。

私は以前、「ハイリゲンシュタットの遺書」について調べたことがありましたが、この遺書の最後の部分で次のようなくだりがあります。
「お前たち、弟カルルと(ヨーハン)よ、私が死んだとき、シュミット教授がなお存命ならば、ただちに、私の病状の記録作成を私の名において教授に依頼せよ、そしてその病状記録にこの手紙を添加せよ、そうすれば、私の死後、世の人々と私とのあいだに少なくともできるかぎりの和解が生まれることであろう。」
1801年6月、友人の内科医に書いた手紙には3年前から始まっていたということだから、ボンを離れ、ウィーンに来てから6年、27歳の時、兆候が表れたようです。・・・・「演奏や作曲にはほとんど障害にならない」けどーーー相手の声は聞こえるけど、絶えず続く耳鳴りのために言葉が聞き取れない。以前は同業の誰より良い耳の持ち主だったのに、いまでは劇場で俳優の台詞を聞き取るためにはオーケストラ・ボックスのすぐそばまで行かねばならない。そして、3年間に4人の医師に様々な治療を受けたが、次第に慢性化してきた。治療らしい治療もなく、篇桃油を注入するくらいだったようです。持病の胃腸疾患の治療が主。・・・医者は胃腸疾患が原因だと考えていたようですね。その後もどんどん悪化するわけで、医者は、いろんなことを原因にしだしたようです。もう医者も信じられなかったのでしょう。それで、前述のようなことを遺書に書いたのでしょうね。

髪の毛がベートーヴェンの願いをかなえる!

指揮者フェルディナンド・ヒラーが16歳の時のこと。ベートーヴェンが56歳の生涯を終えた翌日、棺の傍らに立ち、「先生の髪の毛を一房、譲ってもらえませんか」と懇願したそうです。この時代は、亡くなった人の毛髪を遺品として持つ習慣があったから。その後、この毛髪はヒラー家に代々受け継がれ、第2次大戦まっただ中の1943年、ゲシュタポの迫害から数百人ものユダヤ人を救った医師、ケイ・アレクサンダー・フレミングの手に渡ったそうです。戦後、ベートーヴェンの熱狂的ファンの存在もあり、現在も大切に保管されているようです。(ワシントン国会図書館、ハートフォード大学、ロンドン大英図書館、ウィーン楽友協会、ボンのベートーヴェンの家)
そして、なんと、1994年12月、ベートーヴェンの遺髪がサザビーのオークションにかけられた。3600ポンド (7300ドル)で落札したのはアメリカ・ベートーヴェン協会。こうして、遺髪鑑定が行われることになる。
持病の胃腸病の治療でモルヒネが投与されていないか調べているけど(1996年)、検出されなかったようです。しかし、1999年、検査により本人の遺髪であると確認してから、シカゴ・マックローン研究所がX線により微量元素を分析したら、正常人の42倍(25PPM)の鉛が検出されました。水銀は検出されなかったことから、梅毒説は否定されました。(よかった!!!)これにより、鉛中毒の可能性が急浮上。2000年9月にも、アメリカエネルギー省の国立アルゴンヌ研究所で調べたところ、鉛の濃度は正常人の約100倍(60 ppm)でした。
鉛中毒であるとすると、当時のベートーヴェンの症状がほぼ一致するらしい。腹痛、頭痛、感覚の喪失、脱力のほか、歩行困難、食欲不振、嘔吐、便秘、骨や関節の痛み、視神経と聴覚神経の損傷など。
さらに、2005年12月、米国エネルギー省の国立アルゴンヌ研究所は、ベートーヴェンの頭蓋骨片の微量元素解析を行なったそうです。その結果、毛髪を上回る高濃度の鉛を検出。人体内での鉛の半減期は約22年で、その95%は骨に蓄積するので、少なくとも死亡前の20年間、鉛中毒だったことが確認されたそうです。
すごい!!!ブラヴォー!!!ベートーヴェン様 あなたの難聴の原因が・・・・・。

最後の疑問。鉛はどこから?

二つのことが考えられるようです。
1 産業革命による環境破壊
当時は工業化が進み、ドナウ河もかなり汚染されており、彼が魚や野鳥を好んで食していたことから、それらに鉛が含まれていた?
2 ワイン
当時、ワインの製造に甘味添加物として鉛の化合物(酢酸鉛)がよく使われたそうです。・・・これじゃないの?ワイン好きだったらしいし。(モーツァルトもワインを飲んでたよね。でもモーツァルトは、「急性粟粒疹熱」や「リューマチ熱」とされている。「毒殺説」もあるけど。ベートーヴェンよりはるかに多くの量を飲んでたから、早死にしたのかなもしれないよ。ちゃんと埋葬されていれば、遺髪もあれば、新事実があきらかになったかも。)産業革命は、こういった嗜好品にもいろんなものを入れてた可能性あるよね。戦後、日本も甘味料製造してたけど、後に製造禁止になったものがありましたよね。
長い間かかりましたけど、あなたが歴史上残る数少ない大作曲家と言われるほどになるまで、ハイリゲンシュタットの遺書を書いた絶望の淵から這い上がり、努力を重ねたために勝ち取った真実。もう誤解はありませんよ。どうぞ安らかに。

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