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世の中にはいろんな人がいる。そしていろんな環境の中にいる。すべての人が同じ瞬間に、拳銃やナイフを突きつけられていたり、笑っていたり、寝ていたり、泣いたり、病気になったりしている。世界で何が起ころうと何も考えずに能天気に暮らしている人、常に何かに警戒して暮らしている人、いろんな人が暮らしている。そして、ここにはここの時間がある。
登場人物:尉火焚 渡(ジョービタキ ワタル)ジョーちゃん、 野川 繁(ノガワ シゲル)野川マスター、百舌 敏(モズ サトシ)ビンちゃん、目白 貴久(メジロ キク)キクさん、関 礼(セキ レイ)レイちゃん 尾長 一(オナガ ハジメ)イッちゃん

「いらっしゃーい!」野川マスターとレイちゃんの声が迎えてくれる。尉火焚が入ってきた。「ただいまー!」・・・レイちゃんが笑う。

尉火焚 「レイちゃん元気そうだね。マスターはどうかな?」と厨房を覗き込む。レイちゃんが「大丈夫そうよ。」と言ってくれて安心したようだ。「昨日のこと引きずってたらどうしようって心配だったけど、えがったえがった。」どこの方言か分からないような言葉でおどける。窓際の席に百舌はいない。ボックス席2か所使ってワイワイやってる人たちの中に百舌がいるではないか。百舌が気づいて微笑みかけてきた。尉火焚も少し手をあげる。そして、窓際の席に腰掛ける。

野川マスター 「ジョーちゃん何にする?」

尉火焚 「キンキンに冷やした白ワインがほしいけど、酸化防止剤入ってるからなぁ。」野川マスターが笑いながら低い声で「あ・る・よ!」

尉火焚 「えっ?あんの?うそでしょ?」

野川マスター 「ほれっ!酸化防止剤無添加だよ。よく冷えてるよ。」

尉火焚 「うわっーすごい!さすが教授。じゃっお願いします!」「あと枝豆お願いします。」

野川マスター 「ビンちゃんは、今日は町内会の会合で夏祭りの計画してるよ。」町内の主だった面々が集まっているのだ。その中に百舌もいるということは、やはり町内の重要人物である。「じゃっ、その線で行こう!本当はさだまさし呼びたかったけどね。」中肉中背の男前のシャキシャキっとした人が仕切ってるみたいで、大きな声を出している。尉火焚は、自然に聞こえてくるので、しばらく何となく話を聞いていた。”年中いろんな行事を行っていくのは大変だなぁ。結論を出せないようなシビアな問題はどうやって解決するのだろう。”と思った。”こんな小さな町でもたくさんのことが決められ行われていく。市や県や国になっていくとどんだけたくさんのことがあるのだろう?”

野川マスター 「はい、白ワイン。ハーフでよかったよね?」

尉火焚 「うん。それでいいです。マスター、あの仕切ってる人は誰?」

野川マスター 「ああ、あの方は、町内の総務担当。頭のいい人だよ。祭り好きみたいね。尾長さんだよ。みんな”イッちゃん”と呼んでるね。確か漢数字の一(いち)でハジメさんだったと思う。」

関 礼 「私、花屋さんでみたわよ。花屋さんだよ。大きなお店よ。あっ、忘れてた。枝豆持ってきま~す。」

尉火焚 「レイちゃま~!しっかり~!」

関 礼 「おまちどうさまでした。はい、どうぞ。」

尉火焚 「お待ちしてました。うん?これちょっと違うね。炒めてるの?」

関 礼 「あのねぇ。これから枝豆はこれにする!ってマスター言ってたよ。あのねぇ。枝豆洗った後、塩でもんでそのまま蒸し焼きにするそうだよ。」「なんかねぇ、茹でると栄養が失われるからとか言ってたよ。」

尉火焚 「へぇーそうなんだ。いい香りだ。すごい。」また、やまびこのように「うま~い!」「マスター!こんな枝豆今まで食べたことないよ。香ばしい!すごいね!」厨房で野川マスターが「ありがとお!」と言って汗を拭いている。”油はごま油だ。バター使ったらどんな味になるかな?オリーブオイルは?みんなうまそうだ。さすが教授だ。”と尉火焚は思った。窓の外には百日紅(サルスベリ)の花が咲いている。尉火焚には花の名前は分からなかったが、やはりこの席は最高だ。いつも花を眺めることができる。突然、百舌と尾長が尉火焚の隣りになだれ込んできた。

尾長 「はじめまして。尾長です。」

尉火焚 「こちらこそ。尉火焚です。」

尾長 「何見てたの?ひょっとして、あの百日紅(サルスベリ)の花?サルスベリは、樹皮がツルツルしていて、猿でも滑りそうだから猿滑なんだけど、本当は簡単に登ってしまうんだよね。ヒャクジツコウとも呼ばれてるよ。夏の盛りに長い間咲き続けるからね。このクソ暑いのに華やかにピンク色に咲き誇ってるから、花言葉は”雄弁”だよ。花の色は他に赤や白、紫もあるよ。」

尉火焚 「よくご存じですね。花屋さんとお聞きしてます。さすがですね。」

百舌 「お店の裏にビニールハウスがあるけど、あれはイッちゃんのですよね。」

尾長 「そうですよ。自分で育てた花も売っちゃえ!みたいな。花大好きだから。今ならね、レウコフィルムも咲き出してるよ。レウコフィルムの花も売ってるよ。また寄ってね。」

尉火焚 「レウコフィルムなんて全然知らないです。」

尾長 「見事に花がいっぱい咲き誇るよ。乾燥地帯の植物だから、乾燥に強いよ。逆に水をやりすぎると根が腐って枯れてしまうよ。庭植えの場合は、ほぼ放置しても育つよ。秋が一番見事に花をつけるよ 。葉っぱもね、銀葉で美しくてカラーリーフとしても十分鑑賞できるよ。」「いやいやいや、随分語ってしまったね。なんせ花屋だから。ははは!」「ついでに言うと、花が終わった時に全体を半分に切り戻すと来年の春には、また勢いよく育つよ。」

百舌 「イッちゃん、花の話になると長いからね。」

尾長 「花言葉は”敬慕”。ギリシャ語で”レウコ=白い フィルム=葉”みたいよ!」「花はいいねぇ。」

尉火焚 「花と言えば、今年の花火は天候どうでしょうね?」

百舌 「天気いいみたいよ。たまやー!だね。」「でも日本人は花火が好きだね。日本中で花火大会やるもんね。」

尉火焚 「花火はお金かかるのにね。よく打ち上げられるね。全国の全部の費用合計したらどんだけになるかな?」

尾長 「花屋の試算によると・・・1万発くらいで1億円から2億円かかるんじゃない?でも、全国となるとちょっと数が把握できないね。」別に同じ花の字がつくからといって関係ないけど、とにかく自信たっぷりに尾長がすぐに少し疑問を解消してくれた。百舌が続く。「長岡の花火で2万発くらい?あすこがすごいよ。うぐっんん。諏訪湖がすごいんだよ。たしか4万発だったと思うよ。うちらんとこは3千発。でもこんな小さな地域なら十分だよ。立派だよ。」みんな一斉に「そうだそうだ。」と口をそろえる。

「いらっしゃーい。」マスターの声だ。尉火焚が振り向くと、目白さんではないか。目白さんは尾長の横に腰掛けた。「みなさんお揃いですね。何だか楽しそうだわね。」”ふむ?今日は機嫌がよさそうだ”尉火焚は思った。尾長が続けた。「目白さん、最近は”たーまやー!”って言う人は少なくなりましたよね。」

目白 「そうねぇ。もう昔の話ね。両国川開きの時に、鍵屋と玉屋が競って打ち上げる花火に江戸の庶民が熱狂してたのよね。きれいな花火を上げた時なんかに花火屋の屋号を叫んで喜んでたのよね。」

尾長 「さすが目白さんですね。」百舌 「さすがキクさん!」目白さんは、また骨付鳥とビールを注文した。レイちゃんがビールを持ってきてお酌した。くっくっくっとコップに半分ほど飲んで、一息ついて言った。「老舗は何といっても鍵屋なのよね。江戸時代になってしばらくすると、もう鍵屋がおもちゃ花火を売り出したらしいの。最初だわよね。戦(いくさ)もなくなったからね。その後100年以上かな?随分あとになって暖簾分けしてもらったのが玉屋よね。玉屋の花火は今となっては分からないけど人気があったのよ。だから、玉屋!のかけ声のことが今でも知られているでしょ?」

尉火焚 「キクさん、花火の事よくご存知ですね。」

目白 「ああ、あなた、あの時の。」と言って、花火の話を続ける目白。「でも、玉屋はね、店から火を出して半町ほどの街並みも焼いたから、財産没収、江戸から追放になって家名断絶になったのよ。」「一体何があったんでしょうね。」

百舌 「サスペンスドラマになりそうな話だね。」

尾長 「鍵屋の陰謀だったりしてね。」

目白 「でも・・・なによ・・・ぱっと花火の花が咲いて、ぱっと散っていくのは、はかなさを感じるわよね。この玉屋もぱっと登場して、ぱっと散っていったじゃない。みんなそういうことをその後も思いながら花火を見ていたかもしれないわね。」レイちゃんが骨付鳥を持ってきた。目白は「いつもおいしそうなこと。たまにお肉食べないと力が出ないのよね。」と言った。尉火焚にはあまり理解できなかったが、”目白さんのような年頃になると、タンパク質をたっぷり食べないと元気が出ないらしい。”と頭にインプットした。

百舌 「さっきの打合せで例年通りとなったけど、いつも思うんだけど、阿波踊りなんかと比べると随分おとなしい踊りですよね。」

尾長 「昔からある踊りじゃないからね。どこかの有名な踊りに似せて作ったからね。」

目白 「昔は十六夜(いざよい)の満月の夜に踊ってたけど、仕事だなんだので、みんなが盆休みの日にしてしまおうということになったのよ。満月の夜は明るいから夜通し踊れたのよ。女が夜出歩くことできなかった昔は、盆踊りの日が楽しみだったのよ。男女が出会う場だったから。」

尉火焚 「ふぇっ・・・そうなんだ。」「目白さんも胸ときめいたんですか?」

目白 「何言ってるのよ。私の母が申しておりましたのよ。」「大体、盆踊りというのはね、新盆を迎える家に集まって、家の前で輪を作って踊ってね、そこの家の人が御馳走でおもてなしをしたのよ。盆には死んだ人の霊が家に帰って来るから、頬被りをして人相を隠して、こんな感じかな?って、死んだ人の姿に扮して踊るのよね。地獄での受苦を免れた人たちが喜んで踊る恰好を想像して踊るなんてことも聞いたことあるわ。むか~しから続いている小さな集落の踊りなんかにちょっと変わった踊りが残ってるでしょ。あれなんかそういうことなのよね。」

尾長 「あっ、そうだ!」何かひらめいた様子。また元の席に戻り、踊りがどうのこうのと話しだした。百舌も一緒についていった。すると、野川マスターが目白さんの前に立った。

野川マスター 「キクさん、この間、ジョーちゃんが言ったこと聞こえてたの?」

目白 「えっ?何のこと?」「ジョーちゃんってこの方でしょ?」「あなた何言ったの?」

野川マスターも尉火焚もびっくり仰天した。尉火焚は大きな大きな心の声で叫んだ。「オーマイガー!」ボックス席の方で百舌も驚いている。レイちゃんはぽかーんとしている。

野川マスター 「えっ、どういうこと?」

目白「こっちが聞きたいわよ。どういうこと?」「ひょっとして、あの日の事よね。」ひょっとしなくてもあの日の事なんだが・・・。「あの日はね、久しぶりに遊びに来てくれた長女が帰ってしまった日だわね。」「それに、あのバカ息子のことを思い出して話していて腹が立っていたのよね。姓を変えて東北まで行ったんだから。いつも長女が慰めてくれるのよね。一番頼りになるわ。私の事一番心配してくれて、私の言うことも素直に従ってくれるのよ。でも長女以外の人たちはみんな”一人くらい”って言うのよ。思い出したら、腹が立って腹が立ってこちらに寄せていただいたのよ。」

野川マスター 「今さらこんなこと言っても、何にもならないかもしれないけど・・・う~ん、あなたはお子さんたくさんいて子育てが大変だったけど、相談する人がいなかったのかな?辛かったでしょ!?・・・でも長女さんがいつも頼りだったんだね。」・・・「でも長女さんに甘えすぎたね。ご自分でも分かっていると思うけど。その末っ子の息子さんだけはそばにいてほしかったんだね。」この辺りでは、有名なお宅なのでいろいろな噂を野川マスターは聞いていた。

「えっ?」と言って絶句する目白。まさか野川マスターからこんな言葉をかけられるとは思ってもいなかったからだ。目白の頬に一筋の涙が伝わっている。”えええっ!!!マジかよ!””今日はキクさんかよ!””どひゃー。”とあくまで心の中で尉火焚は思った。目白にとって、一人で暮らしていたら、野川マスターのこんな言葉を聞くことは絶対にない。本音を封印し愚痴ばかりこぼしていたから、一気に心の扉が開いたようだ。

野川マスター 「キクさん、ごめんね。変な事言っちゃったね。」

目白 「いいえ。いいのよ。つい涙が出ちゃいました。」「あなた、この間、何か謝っていたけど、何だったかしら?」「いやね、私ったら、本当に長女が帰ってからも腹が立っていたから、人がどうしていたとか気にも留めなかったの。年を取るとこうだから嫌になっちゃう。」尉火焚は今さら何も言えなかった。しかし、とっさに「いえ、私はまだまだ未熟者ですから。目白さんにもこれからいろいろと教えていただかないと。辛い思いをしていた目白さんの横でちょっとおちゃらけたこと言ってしまって。」「目白さんは、この夏何か予定があるんですか?」と話を切り替えた。

目白 「久しぶりに両親の墓参りに行こうかなと思ってるの。遠いから体がきついけど、今回を最後にしようかとね。」

野川マスター 「鳥取だとお聞きしてたけど・・・鳥取市ですか?」

目白 「いえ、人にはしゃべってないけど・・・境港です。」

野川マスター 「え?そうなの?私は米子ですよ。近いじゃないですか。いや~、こりゃびっくりだなぁ!」

目白 「私もびっくりだわ。」2人ともびっくりしている。こんな偶然は、世の中には度々あるものだ。機嫌を良くしたマスターが厨房に引っ込み、すぐに出てきた。まな板に大きなスイカを載せている。「これ、あの難しい名前の人・・・えっと・・・あああ・・・
くまげら(熊啄木鳥)さんだ!思い出した!今年スイカがたくさんできたからってくれたんだ。あの方は、いつも子ども食堂に野菜を提供している立派な方だよ。うわっ!よく熟してるよ!」マスターが包丁を入れて叫んだ。手際よく小さく切り、次々と小皿に置いていく。「さあ!みさなん食べて!」店のお客が一斉にどよめいた。”おおっ!”百舌と尾長が再びカウンター席に戻ってきて、スイカにかぶりついた。”うまい!”2人が声をそろえて言った。

百舌 「よし、夏と言えば、スイカとかき氷・・・♪♪ 夏が来れば思い出す ♪♪さあ、次はジョーちゃんだよ。」夏が来れば思い出す風物詩を要求しているみたいだ。尉火焚 「海の日、山の日。次はイッちゃんさん。」(こりゃ祝日だ!)尾長 「金魚、風鈴。では目白さん。」(風情がある)目白 「蚊帳(かや)、蚊取り線香。」(さすが年長)百舌がレイちゃんを指名する。関 礼「プール、透けブラ。」(さすが若い女の子)まだ続く。「冷やし中華、アサガオ、ひまわり、ゴキブリ、うちわ、扇子、お化け屋敷、そうめん、ホタル、・・・」暑く暑く盛り上がる居酒屋 野川は、各々のすべての思いを飲み込んで平和な時間を刻んでいる。

続く(不定期)

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