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世の中にはいろんな人がいる。そしていろんな環境の中にいる。すべての人が同じ瞬間に、拳銃やナイフを突きつけられていたり、笑っていたり、寝ていたり、泣いたり、病気になったりしている。世界で何が起ころうと何も考えずに能天気に暮らしている人、常に何かに警戒して暮らしている人、いろんな人が暮らしている。そして、ここにはここの時間がある。
登場人物:尉火焚 渡(ジョービタキ ワタル)ジョーちゃん、百舌 敏(モズ サトシ)ビンちゃん

尉火焚 「こっちでいいの?同じ方向なんだね?」百舌が首を縦に振る。少し早く歩いただけで息が切れるのか。「なんかさっきマスター訳わかんないこと言ってたなぁ。」

百舌 「ああ、お愛想尽かしか。」「歌舞伎用語にもあるから、かなり前の話だろうけど、本当はお店の側が、楽しんでいただいたのに最後に勘定をくれなんて愛想も尽きるような事を申しまして申し訳ありませんが。という意味で言ってたらしいよ。それをいつの間にか、お客が言うようになった。”お愛想尽かしお願いします”から短くなって、”お愛想”となったらしい。」

尉火焚 「へぇーーーーそうなんだ!百舌さんは本当によく知ってるね。」「このままの方角でいいの?」

百舌 「うんっ。小学校のすぐ横だから。」

尉火焚 「へぇ!そうだったの?うちは、学校から北に入っていくんだよ。」。そう言いながら、もう暗くなった野川沿いの遊歩道を歩いていく。つい先ほどまで降っていた雨のせいで水かさが増してるようだ。いつもはちょろちょろの水しかないが、今日は普通の川並みに水量がある。遊歩道にも樹木が生い茂っているが、下の河川敷にも木が植えられて大きく育ち、この遊歩道の高さを越えて枝が伸びている。少しふらつきながら二人は小学校の手前の橋のたもとまで来た。

百舌 「この橋を渡って行けば、ほれ、あれが家だよ。」

尉火焚 「えっ、あの3階建ての豪邸が?すごい!」「わたしゃ、左に曲がって行けば帰れるのよ。ここが二人の分かれ道か!」小学校の西門がある。この西門から入るとすぐにプールがある。「ビンちゃんはここの梟(フクロウ)小学校に通ってたんだよね!?」

百舌 「そうだよ。自分の家みたいなもんだよ。」「ちょっと、川まで下りて行こうか?水かさが増えてるけど、全然大丈夫だよ。」尉火焚もうなずいて下りていく。大きな樹木から枝が伸び行く手をさえぎる。二人は、手で払いながら階段の下の方まで行ってそこに座った。

尉火焚 「このあたりまで水があるなんて、普段ないことだね。最近はカワセミがたくさんいるよね。よく見かけるよ。昔、公害がやかましかった頃は、目に見えて水が汚くなったけど、最近はきれいになったよね。」

百舌 「見た目はきれいになったけど・・・」「ジョーちゃん、”奪われし未来”っていう本知ってる?」「環境ホルモンが人や生物に与える影響を調査して明らかにした人が書いた本だよ。」(注:シーア・コルボーンは環境ホルモンの危険性を警告した業績として、ブループラネット賞を受賞している。日本では1997年他の著者とともに書いた本”奪われし未来”が発売されベストセラーになった。この問題が世界中に知れ渡り、問題意識ある人々がこれより多くの調査や実験を繰り広げている。)

尉火焚 「恥ずかしながら、何も知らなかった。環境ホルモンって何なの?」

百舌 「ええっと、内分泌かく乱化学物質と言ったかな?」「簡単に環境ホルモンと言ってるんだよ。」「人間の体内で色んな機能を調節してバランスを保ってるホルモンがあるだろ?このホルモンの化学式に似た物質がプラスチックなどの原材料として使われて、それが体内に入り込んでホルモンの正常な動きを乱してるそうだ。うぐっんん。」

尉火焚 「いやーーー!怖いね。というか、自分が何も知らなかったことが怖いよ。情けない!勉強しないとね!」

百舌 「だから、カワセミも大丈夫かな?今は、汚染されてても目に見えないから・・・。」「あっ!こんな話もあるよ。ニューヨークの摩天楼にハヤブサが住み始めてるそうだよ。摩天楼が山の崖の上のような環境に近いし、エサも豊富にあるから住み始めてるそうだ。すごいよね。」

尉火焚 「えええ?そうなの?まあ、ビルが高い山の上に似ていると言えば、キングコングを思い出すけど、キングコングは無理やり連れてこられたから少し違うか。えさは何だろう?」

百舌 「鳩ぽっぽだよ。鳩も災難だね。でも長い間平和を満喫してきたから、警戒心がない。ハドソン川だったかな?川には巨大な”なまず”が住みついて、こいつも水を飲みに来た鳩を食べてるらしい。」

尉火焚 「ぎょえーーー!どんだけー!」「そう言えば、日本でも”イノシシ”が住宅地に現れたとかニュースになってるね。あっ、”アライグマ”も。”ハクビシン”もだね。”熊”もだよ。」

百舌 「一度は人間の宅地開発なんかで、山深い所まで追い払われたけど、結局エサが少ないんだと思うよ。それより人間が住んでる所にはエサがたくさんあるし、空き家も増えてるし、そんなことに動物も気が付いたんだろうね。」「しかし、日本にもゴア副大統領みたいな人がいればねぇ。日本人ももう少し意識が高まるだろうに!」

尉火焚 「絶妙な曖昧さの中に化学物質が暗躍している?・・・なんちゃって。」

尉火焚と百舌は、昔からの同級生のように話している。知り合ったばかりだというのに。気が合うということもあるしアルコールの力もある。でも何か共通のものを感じ取っているのかもしれない。

尉火焚 「梅雨ももう終わりかな?最近、夏の匂いがしない?」

百舌 「そうだね。もうすぐだと思うよ。夏の匂いってどんな匂い?」

尉火焚 「夏の暑さの基準が自分の中にあって、その温度で風がふっと通っていく。そん時の匂いだよ。湿度も関係あるね。温度と湿度と風が夏になった時の匂いがあるのよ。」

百舌 「なんじゃそりゃぁ!!!はっはっはっ!」「さっ、そろそろ行こうか。」

尉火焚 「そだね。」と言って、2人はゆっくりと立ち上がり、尉火焚が先に枝を振り払い階段を上って行った。
その時だ!「ぐぁぁぁ!」後ろで変な声がする。「ジョーちゃん逃げろ!小学校!走れ!・・・プールだプール!」何が起こったか分からないが、暗くて分からない。とにかくプールまで走った。ビンちゃんも走ってきてる。「あたっ、あたっ、パシーン。」妙な声と何かを叩く音がする。「蜂!蜂!」と言いながら後ろから息を切らしながらも低い門を飛び越えてプールにたどりついた。尉火焚には蜂の羽音は聞こえない。ビンちゃんが「飛び込めっ!」と言いながらプールに足から飛び込んだ。ほとんど音を出さずにプールに沈んだ。相変わらず尉火焚には蜂の羽音が聞こえないから、飛び込むのを躊躇しているが、1分ほど経っても百舌が浮いてこない。「ヤバイ!」と尉火焚は思った。百舌が”どざえもん”となりプールに浮いていて、自分がプールサイドに1人でいる?いや、警察官もいる。そんな光景を想像してゾっとした。尉火焚はズボンとシャツを脱ぎプールに入る。百舌が沈んだあたりを見てみる。見当たらない。じわじわと冷汗が出てきた。その時だ。プールの25メートル先の向こう側から百舌の頭が浮いて見えた。「あっ!」尉火焚は息をのんだ。「ど ざ え も・・・」ゆっくりと上半身も見えてきた。「い き て・・・る!」百舌が手を挙げた。「あぁ良かった。」尉火焚は心の底から良かったと思った。「あれっ?ビンちゃんまた潜った。」尉火焚も潜ってみた。「プールの中でランデブーだ!(男同士だけど・・・?)あっ、ビンちゃん発見!」百舌が顔を出して言った。
「あぁ、やばかった!首の後ろと手を刺されたよ。あの痛さは多分アシナガバチだね!アシナガは痛いんだよな!でもプールで大分冷やしたから・・・。」

尉火焚 「何があったの?」

百舌 「多分、あの枝の辺りに蜂の巣があったんだよ。頭があたったかもしんない。もういないだろうな?」耳を澄ましている。

尉火焚 「でも上手に音出さないでプールに潜ったね。」

百舌 「へっへっへっ。うちの庭みたいなもんだって言ったでしょ!?」「音出して、誰かに見つかったら大変だからね。」「さっ、プールから上がって少し乾かして帰ろう。」百舌は元気そうだ。「シャワー浴びる?」

尉火焚 「シャワーはもういいよ。キクさんの怒りのシャワーに、アンドロゲンシャワー。蜂のシャワー。まさかプールに入るとは思わなかったし。」・・・百舌が思わず笑いこけた。「わたしゃ、ズボン脱いでるからいいけど、ビンちゃん乾くの待つのは無理だよ。」

百舌 「いいよ。このまま帰って家でシャワー浴びるから。あはははは。」

尉火焚 「ほんとに大丈夫なの?」

百舌 「大丈夫。大丈夫。」「バレずにシャワー浴びられるから。」2人はしばらく、たわいもない話をして、そして、それぞれの家路についた。尉火焚にとって災難の日だったかもしれないが、楽しい日でもあった。彼の頭の中で、今までと明らかに違う不思議なシャワーが降り注いだのは確かだった。彼の脳みそが活性化するかどうかは、Y染色体の先っぽにあるスイッチのようなものではなく、あくまで彼の意識の問題だ。

続く(不定期)